『ここはわたしの店』

4年前、私はサンエイを辞めました。
育児に専念するために、母のいる
安曇野に行くことにしたからです。
当時、働いていたのは柳原店で、
仲間が小さかった長男と遊んでくれたり、
プライベートのことを相談し合ったり、
とてもいい職場でした。
最後には、送別会を開いてくれて、嬉しかった。
安曇野に引っ越してからは、育児に負担をかけないように、
一般事務としてお酒を卸す会社に就職しました。
でも、その会社はとても居心地が悪く、
「人」とか「仲間」を感じれませんでした。
社員を怒鳴り散らす上司。
1時間の昼休憩中、誰も何も話さない。
みんな死んだような目をしていて、しょうがなく働いているのが
ひしひしと伝わってきました。
「こんなことがしたかったんじゃない」
「こんな会社、辞めたいな」
昔を思い出しながら。サンエイがいい職場だったって
今になって涙が出てきました。
そんなときでした。
何気なく求人広告を見ていると
「ニュー東京、中信に進出」
という広告が目に飛び込んできました。
「また、サンエイで働けるかもしれない」
うれしくて、うれしくて、私は飛び上がりました。
業界にはもう戻らないって決めてたけど、
サンエイに戻りたいと思いました。
面接では諏訪戸マネージャーに
「家族みたいなお店をつくりたい。ついて来れる?」
って聞かれました。
それを聞いて私はまたうれしくなりました。
「当たり前です。だから戻ってきたんです」って。
私がいた当時と比べると、サンエイは大きく変わっていました。
fun wayができて、色々な制度が整っていました。
なにより一番思ったのは、
昔からがんばっていたメンバーたちが成長していたということ。
早川さん、北澤さん、楢本さんに岩佐さん。
みんな、役職も上がっていました。
「やっぱりがんばり続けている人は成長してるんだ」
私も絶対に負けないって決めました。
でも、私には3人の子供がいて、仕事との両立は正直大変でした。
柳原店で働いていた時、まだ小学生だった長男の楓は
いつもさみしそうに私の帰りを待っていました。
「また子供たちにさみしい思いをさせるかもしれない・・・」
悩む私の姿を見てか、中学3年生になった楓は声を掛けてくれました。
「母さん、ニュー東京に戻れるんだね。やったじゃん、ほんと、よかったね。
おめでとう」って。
いつの間にか楓も成長をしていて、私のことを生意気にも気づかってくれました。
でも、そうやって喜んでくれたことが、私にとって最高の応援になりました。
そして、母も応援してくれました。
「後悔するな。子供のことは支えるから」って。
今は社員にもなって忙しい日々。
子供たちに会えない日もあります。
でも私にはサンエイという居場所があり、支えてくれる仲間と家族がいる。
だから、私は立ち止まりません。
私はこの三郷店を私の店だと思っています。
まだまだ三郷店はつくっている段階で、足りないこともたくさんあります。
だからこそ、私がもっともっと成長をして、いいお店にしようと思っています。
安曇野にサンエイが進出してきて、私の人生は変えられました。
だから、今度は私がサンエイをもっと変えてやろうって思っています。